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ノリノリ狂言生活

◎  「釣狐」振り返り~その2~  

トレーニングをしていて気付いたことは、いきなり走り出すと息が上がる事もあったので、当日は舞台に行く前に軽くランニングをしていきました🏃‍♂️いつもと違うコースで、ここはやっぱり地元の稲荷神社🦊⛩

開演の1時間前に入念なストレッチをして、例のモコモコの装束着て…暑い💦さらに伯蔵主の装束を着て…やっぱり暑い😵💦さらに面を着けて…どうしても暑い🥵💦となりましたが、この日の気温は例年より高くなったせいで、クーラーが効いていたように感じました😊お稲荷さんの威徳かな??


「幕~名乗り」
さて、幕にかかります。出から名乗りは緊張感を持つ事を第一に考えていました。橋懸りをゆっくりと歩くと、初演の時は見所(客席)から緊張感が伝わってきましたが、今回は落ち着いた、むしろ期待感のような物を感じました。ますます自分で緊張感を持たなくては!と思った次第です。

緊張感の他には、悲哀感とか妖しさを出せたらと思いました。これは再演ならではの心の余裕ですね👍この狐は仲間を捕られた悲しみや孤独感、人間に対する憎悪や嫌悪感。さらに敵対する人間の姿に化けてしまった屈辱感や恐怖など、様々な感情を持っているのではないでしょうか。それを表現するのは至難の技ですね。色は限りなく黒に近い灰色に藍色が混ざった感じです。

他にも、面遣い(横にチャッと動かす仕草)や数珠捌き(ジャッとならす仕草)などなど、動きに緩急を付けることで緊張感を待たせることができた?と思ってます。


「道行の場面」
遠くで鳴いている犬の声に驚く場面です。ここで3回飛び跳ねます。高く身軽に跳ぶ。着地は静かに。今回の稽古で発見したのは、跳ぶ前にしっかりと息を吸ってから跳ぶと、筋肉に負担がかからなくなるということ!さらに跳んだ後の詞も息が上がらないということ!この後何度も飛び跳ねますが、呼吸はしっかりと吸って対処しました。


「猟師との問答」
今回の猟師役は善竹隆司兄さん。再従兄です。重すぎず軽すぎずどっしりとした姿勢で受け止めて下さったので安心し専念することができました。
間も程よいテンポでお互い問答が進み、また大事な所ではしっかりと間をとってくださるので非常に助かりました😊とても感謝です✨

「語り」
玉藻の前の語りをする場面。実は狐の発声は独特で、語尾が消えていくような呂律が回らない喋り方をします。稽古で色々と考えて、なるべくお客さんにも分かりやすいようにと思ってたら父からお叱りを受けました。狐らしくなければならない事と、抑揚が消えてしまい盛り上がりに欠ける事などなど。考えるとどツボにハマり、見失ってしまいますね。修正することができたのはとても良かったです👍そしてこの語りをしっかりと語る事で、猟師への説得力というものが出てくるのだと感じました。

「別れ~中入り」
猟師と別れ、2回飛び跳ねた後にさらに3回飛び跳ねます。これが地獄😅体力をかなーり削られるわけです。さらにそこから喜び調子で「のうのう嬉しや嬉しや」と空気を変え、その上小唄を歌わなくてはならないのです。まだまだ続きます。罠に杖が引っかかり、後ろへ3回飛び跳ねて「これはいかな事~」と息つく間もなく言葉をいいます。ここが狐殺しの山場です😖と、個人的思ってます。


そのように体力を大幅に削られながら、最後の追い込みです!ここからは、狐の本性が次第に現れ、罠と自分の餌に対する欲との葛藤。苦悩。これまでの緊張感や物々しさとはかけ離れた場面。少しずつお客さんも狐に感情移入し始める場面でしょう。

欲とは何か?そんな究極のテーマなのかな。自分のために満たすのは欲。でも人のためにすることは欲にならないのかな?今でも答えは出ませんが、少なくとも狐は、自分の餌に対する欲を満たす行為を、「仲間の仇」と肯定してしまうあたりがいかにも人間くさいのです。僕たちもそんな自己肯定しません?

そしていよいよ、狐は本性(尻尾)を出し、客席に向かって啼くのです。
舞台終了後に学生さんからどうやってあんな鳴き声が出せるんですか?という質問がありましたが、ごめんなさい分かりません😂とにかく高い声で遠くに鳴く感じです。高い声であれば寂しさが表現できるかなと。ただ、どんなセリフよりも1番体力を使います(笑)全身で全力で鳴いているから。実は目を瞑っていました。


「体力ゲージ」
中入りして体力ボロボロ。というわけではありませんでした。というのも、稽古の段階で体力ゲージで測っていましたので。
「出~猟師の家に着くまで」
「猟師との問答~語りの前」
「語り始め~語り終わり」
「猟師との別れ~中入り」
このポイントに体力がどこまで残っているか。語りの前でかなり消耗していると、あとがかなり辛いです😭体力測定は、狐に限ったことではなくてどの演目もそうしてますが、しっかりと稽古していないと測れないのは事実です。


「後シテ~終わり」
狐の姿になった後シテは好きです😊ここでやっとお客さんとの会話が楽しめる感じ☺️少しの間を持って、自分の仕草で狐の心境を想像してもらう。じわりじわりと皆さんの目や気持ちや心が自分の中に入っていくような感じでした😊
動きは機敏に。間を持って。お客さんの息遣いを感じて。狐らしく。狐らしく。狐らしく。
実家で犬を飼ってたのもあってか?動物を見るのが好きだからか、結構うまくできたんじゃないかなと自己満足です(笑)👍
次第に狐に感情移入してしまい、罠にかかった時はショックだった。でも罠を外して逃げたことはお客にとっても救いだった。
という感想をいただいて、1人ニンマリしてたのでした😁

罠にかかってから、お笛が入ります。「シャギリ」という手の笛です。今回も前回も「シャギリ」より短い「片シャギリ」にしてもらいました。通常バージョンの本シャギリだと、ちょっと間延びするからです。それよりも短くてピョンピョン跳んだ方がスッキリしていて良いかなと🤗

一目散に幕へ入っていきますが、これがしんどかったな😖よくアレで20代の時は欄干越えをしたもんです💦もう無理🙀



「まとめ」
狐は「年久しく住む狐」と名乗ります。「年老いた狐だけど、元気よくてまだ若い狐のようでした」と感想頂きましたが、この狐は爺さん狐ではありません。なぜなら小書に「老狐」という特殊演出があるからです。そして「年久しい狐」であっても、やはり動物としての瞬発力は必要だと思うわけです。ヨボヨボ狐はやだな。

全てが終わって、やりきった❗という感じもなく、終わったぁ❗️という感じもなく、やってやったぜ❗️という感じもなく、結構いたって普通でした。そんな自分に驚いたし、時間が経っても変わらずです。不思議。

たぶん、技術とか演技の上手い下手でもなく、自分そのものの存在を置いてきた感じです。
演じている最中は、たぶん本当に「無」に近かったのだと思います。周りの声も聞こえない。自分という中に中にどんどん入っていった感じ。初演から13年の間に積み重ねきてたもの。無理せずやろうとせず、ただ無で自然とそれらが表に出たのでしょう。まさに自分の存在をそのまま置いてきたんだと思います。
だから、すごいよかった!と言われてもピンとこなかったり、面白くなかったと言われてもピンとこないです😅2回目だしね。



僕の全てです。
人生と命をかけた全てです。
「釣狐」はそういう演目だと思います。


さて、再演はあるの?と疑問かもしれませんが、今は考えてません。でもまたこの先にいろんな物を重ねて、自分の心技体の極限を表現したくなったらすると思います。
その時はヨボヨボ狐を描こうかな。


長く読んで頂きありがとうございました😊
まだ成長過程です。まだまだまだまだまだ進化していきます!その姿を見ていただきたいです。そしてみなさんと一緒に狂言を楽しんでいきたいです😊

今後ともご声援よろしくお願いいたします。


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