ノリノリ狂言生活

◎  「18th吉次郎狂言会」公演レポ。全てを込めて「コキャロ~」!  






先日、一家主催の自主公演「第18回吉次郎狂言会」も無事に終わりホッとしております。

ご来場下さいました皆さま、ご声援下さいました皆さま、誠に有難うございました。


さて、さらっと振り返ってみたいと思います。


まず自身が演じた「鶏聟-古式」。

酉年に因んで出す事が多い演目で、自然とチョイスされるわけです。

番組を組むときも、今年は特に外せないわけですね~。

しかも僕が年男なので、なおさらですね(笑)

十八番にしてもいいかな(´∀`*)ウフフ


で、今回は小書き(=特殊演出)として「古式」にしました。

ご覧頂いた方は分かると思いますが、鶏の鶏冠に似せたアノ赤い烏帽子です。ホントこの発想は面白い!大胆かつ奇抜!この演出を初めて知った時は感動しました!

やるならやっぱりこっちのほうが面白いし映える。

当日が楽しみでした♪


会は『蚊相撲』『栗焼』『鈍太郎』と続き、『栗焼』は後見にも出ていたので、会の流れをちょっと把握できた感じです。お客さん楽しんでるかな?と。

熟練の先生方が出演される最後に演じるので、とりあえず空気を変えて「若々しく」「華やか」に!!という事を心掛けていました。


いざ幕にかかり、善竹十郎伯父に袖を入れてもらい、身支度をしていると、十郎伯父が「いよいよ真打登場だね!」と声を掛けてくれました。「真打」はご存知の通り落語の言葉ですが、要は「エース」ってことですよね。励ましの言葉を頂いて、力が湧いてきました♪





ところで、この『鶏聟』のテーマってなんだ?と考えると、ストーリーだけ追っていけば、聟入りについて何も知らない聟が意地悪な人にだまされて恥をかいてしまうって事だけになっちゃいますね。
きっとテーマは「常識」についてなんじゃないかなと思います。今の情報社会では、結婚式の祝儀やドレスコードなどについて「一般常識」を知ることは容易です。しかし、狂言が成立した時代~江戸時代などは、隣の国の言葉すら訛りがあって会話できない時代。生活の習慣すら違えば、作法もなにも異なることばかりだったでしょう。そんな中で「常識」なんて言葉が存在したのでしょうか?

見方を変えれて、あの「こきゃろ」が常識的な挨拶だったらどうします??
「常識」もところ変われば「非常識」なんてことは、今の現代で特に海外生活されている方ならばよく分かると思います。

大事なことは「和合」。それを教えてくれたのが舅役なのでしょう。
これは問いかけです。皆さんの身の回りで非常識な人と出会ったら 、あなたはどう対応します?

たくさんの見方や感じ方があるので僕の考えが正しいとは思わないけど、そんな「演目」からの問いかけに耳を傾けてみるのも面白いですね。






さて本題。
例によって、どこで笑ってもらえるか、その伏線を張るかを考えていました。

①まず名乗り。最初の「人のいとしがる花婿」。そして「あのお方は、再々聟入りをなされて(躾容態を)良うご存知で~」の2箇所。ここでドッカンとはならなかったけど、くすくす笑いがあって良かったと思います。


②また、善竹富太郎兄のもとへ訪問し、聟入りする服装を見てもらう場面。「何ときらびやかに見えまするか」は伏線で、つぎの言葉「とてもの事にとくと見てくだされい」と舞台を回る場面。ここは得意になっていた方が筋からしても良かろうと思ってました。


③そして例の如く鶏冠を付ける場面。赤い烏帽子を装着中に、くすくす笑いが起きてて、もっと笑ってくれてもと思いましたが、それはこちらの誤算で、烏帽子を付けて立った後に笑いが起こりましたね。きっと、みなさん「くるぞくるぞ」と思いながら、完成した姿=立った姿が面白かったんですね。なるほど~と思いました。


そのあと、舅の家へ行く途中で気を付けなければならないのが、富太郎兄に教えてもらった躾容態(鶏の真似)を、「決して疑ってはならない」という事です。これは、書物(台本)を読むと分かりますが、舅の家に行く途中で「問うは当座の恥、問わぬは末代の恥と申すが、(躾容態を)問わずに(舅のもとに)参ったならば、定めて恥をかくであろう」と、独り言を言っていますが、この聟自身、全く疑っていないので、その辺りは書物がよくできているのだと思います。


④あとは、舅の門前で鶏の真似をする場面。「こうこうこう~」と溜めをつくると良いのかな~と思いながら、「こきゃ~」と弾ける。最近はよく子ども向けのイベントなどで、子供たちにも体験させますが、彼らも面白がってやります。重要なのは、テンションマックスで恥ずかしがらない事です(笑)


⑤「こきゃ~」2回目。舅に向かってするわけですが、これもさすが忠一郎伯父で、ああいう風に自然と驚く。動きが決まっている型、また予測可能な動きではありますが、自然と驚くさまを演じるのは、とても難しいんです。こっちが笑っちゃいますよ(*´▽`*)


⑥舅と蹴り合う場面では、これも大事な事は「真面目」に蹴り合うことです。はたから見てれば面白い滑稽な動きですが、当の本人が楽し気に蹴りあっては面白みも半減。大の大人が真面目にああいう動きをするから、客観的に見て面白いんだと思います。まさに「真剣勝負」でした!!


⑦最後、これは出る直前に「ああそうか」と思ったのですが、一番最後の聟が「勝どき」を挙げる場面。地謡の謡とともに舞を舞い、さいご正先に出て「こきゃろ~」と言う場面ですね。

ここで拍手が来ればいいなーと、ひそかに思っておりました(笑)


自分の中では、最高の「こきゃろ~」でしたが、拍手が上がらなかったのは力量不足だったと悔やまれます(+_+)もちろん、拍手を求めているわけではないし、そのために「こきゃろ」するわけではありませんが、あそこで拍手があがったとしたら、それは会場が一つになって何かが「昇華」する証でもあると思うんです。皆さんの気持ちが一つになる。とかそういた意味です。


僕たち役者は、その引率者というか、みなさんのテンションや気持ちの抑揚を上手く引っ張るような役割もあっていいのかなと。冷静に考えると、「こきゃろ」だけではなく、その前の段階で何かしら伏線を張っていなかった。いきなり「こきゃろ」で結ぼうとしてしまった感はあります。舅ととの蹴り合いから、結びの「こきゃろ」の流れを、もうすこし研究しなければなりませんね。


なによりライブですから、お客さんと演者との関係、また会場の気持ちが一つになったら素敵であり、幸せな気持ちや満足感も、10倍20倍に膨れ上がると思います。幸せは良いものです(*^_^*)



ちなみに最後の「こきゃろ」をしたあと、気持ち少し待ちました(笑)0.5秒くらい。そしたら正面最前列の方が、拍手の準備をし始めたのですが、こちらとしてはあまり「待つ」と、催促だったりイヤらしくなるので、最後の最後の言葉「ぐぅ~~~~」へと移しました。



仕掛けたり、仕掛けられたり、試行錯誤しながらお客さんとの会話を楽しみたいと思う一方で、やはり「客観的に見て楽しんでもらう狂言」や「型の美しさ」「古典に従事」した大藏家の芸と言うものも大切にして磨いていきたいと思っています。


自分で言うのもなんですが、30代になって少し上手くなった??と手応えを感じております(#^^#)エヘッ こんな事言ったら叩かれる?調子に乗るなって言われる?芸は~~~~とか言われる?

そうかもしれませんが、日々自分と向き合ってます。「今」自分にできる最大の芸、「今」自分に咲いている花。長所と短所。それを常に見つめています。自分の力量を知らずして、次のステップは踏めません。

また、舞台の仕事以外にも、ワークショップ(とくに子どもとのかかわり)が多かったりするのも、大変勉強になっております。皆様から頂いたステージを大切に勤め、それを糧に修練して参ります。


今後にご期待ください~☆

ありがとうございました(*´▽`*)


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