ノリノリ狂言生活

◎  コラム掲載‼️ 

神奈川県の情報サイト「マグカル」でコラムを書かせて頂く事になりまして、本日アップされました😊拙い文ですが、ぜひご覧くださいませ~👍
https://magcul.net/103828

◎  日本語学習 さくら会 


まるで海外公演みたいで楽しかった🤗
火曜日は、教室の生徒さんからの紹介で、日本語を学習している外国人の方を対象にワークショップさせていただきました。


会場もシックで格好良くって、鏡板が反射するくらい綺麗な場所でした。色んなところでさせてもらってますが、やっぱり自分の気持ちとマッチした空間だと、かなりテンション上がる~💓
日本語を学習しているとはいえ、カタコトの日本語しか分からない方もいたり、欧米よりもアジア圏の方が多かったので、字幕対応も難しいと判断し狂言上演は普通に演じました。それでもスゴイ喜んでくれて、とっても嬉しかった‼️で、演じている今度やるときはやっぱり字幕にしたいかも⁉️と思ったわけです。喜んでくれると、もっと喜ばせたくなりますよね~。




体験では、いつも通り構えや発声をしてもらいました。ただこれは日本人向けかな。と直感で感じました。外国人向けに、もっといいヤツ探してみよう♫あとは着付け。これも感動してくれて嬉しかったです😊と、ここまでやれば通常1時間以上のプログラムな訳ですが、今回は日本語がカタコトしか分からないというので、随分と僕もカタコトの日本語で説明してたら、時間が余っちゃって😱念のために持って行った狂言面を紹介して終わりました。ヨカッタ👍


舞台上からは、熱心な視線を感じました。なんていうか、日本人は「学びたい」だけど、外国人は「知りたい」という違い。そして、日本にも多くの外国人の人が暮らしているんだなと気付かされました。もっと国内での外国人向けワークショップも必要ではないでしょうかね?オリンピックに向けてというよりも。
さらに舞台でも、もっと字幕を使った上演もやりたいですね。考えてみれば、英字幕対応しているのは国立能楽堂だけかな?しかも国立能楽堂主催のもののみ。字幕システムは借りられるけど費用がかなりかかるって聞いた。手軽にできないかな。必要だと思うんだけどな。どなたか一緒に考えません?
あとチケット購入方法も、能楽公演を一括にできたらもっと広がるんだろうなー。と色んな事を考えさせられた、良い一日でした👍それもこれも、もっと伝えたい、もっと知ってほしい、もっと共感したい‼️そう思わせてくれるステキなお客さんとの出会いだったからだと思います。
お手伝い下さったスタッフの皆さま、ありがとうございました😊

◎  国立定例公演「成上り」に向けて~予習~  


明日は国立能楽堂の定例公演で「成上り」のシテをさせて頂きます。以前にも国立能楽堂での催しでシテをさせて頂きましたが、実に誉れな事です😊✨気合いが入っております👍
今回は「成上り」というお話し。
主人が清水へ出かけるのに太郎冠者(シテ)も太刀を持ってお供することになりました。2人は清水に着くと参拝して通夜をすることにしました。ぐっすり眠っているところにすっぱ(詐欺師)が現れて、太郎冠者の持っている太刀を竹にすり替えて持って行ってしまいます。
夜が明けて太郎冠者はびっくり!太刀が杖になっている事をなんとかして誤魔化そうと、主人に物が成り上がる話をしますが、最後は怒られてしまうのでした。
物語では太郎冠者が、物が成り上がる話をします。嫁が姑に成り上がったり、子犬が親犬に、渋柿が熟柿に成り上がる。また、長雨降って山崩れが起き、山芋が川へ流れ込んで鰻になったり、田辺の別当さんが持っている太刀が蛇に見え、盗人が入ると鞘から抜け出て盗人を追い出すのだと、それとなく太刀の話へもっていきます。
最後には「人が有徳になり出世するときには、身の回りの物が成り上がる」として、主人の太刀も杖に成り上がったと誤魔化します。
自分の失敗を一生懸命誤魔化そうとする太郎冠者は、様々な狂言に登場します。その様が、側から見て可笑しな姿に見えるのだと思いますが、どうなりますやら。ちなみにこの太郎冠者は、何もしてないのに太刀を盗まれ、さらに主人にも怒られてしまいます。狂言の中でも1番可愛そうな太郎冠者かな?でも悪い事してないなら素直に話せばいいのにね😆
では舞台で会いましょう~👌
<語句説明>
えのころ…子犬
じゅくし…熟柿
くちなわ…へび
田辺の別当…たなべのべっとう=役人

◎  阿佐ヶ谷神明宮奉納狂言のお知らせ。 


晴れるとイイナ。
「阿佐ヶ谷神明宮」での奉納狂言のお知らせです。
教室の生徒さんは、みーんな真面目に楽しく取り組まれていて、「お茶の水」を上演する三方は、みなさん80代!?超お元気で超熱心で超パワフル!!この間も合同稽古した時に「ああでもない」「こうでもない」と合わせて稽古に励んでおりました。
「昆布売」も面白い演目で長身を活かした大迫力の演技に注目です!「花争」は、稽古を始めてまだ1年も経っていない方の初舞台です!祝!新鮮な気持ちになれると思います。小舞の方々は、これでもか!?というくらい何度も稽古しました。細かい所をたくさん修正して、美しい型に仕上がりました!
狂言を観て楽しんでいただくとともに、生徒さんの熱さをも感じて頂ければ幸いです。
詳細は大蔵流吉次郎狂言会HPへ↓↓↓
http://www.kichijirou-kyougenkai.jp

◎  伝統芸能キッズ・フェス2018~こども劇場せたがや~  


2018年1月28日。
まだ雪が残る世田谷区。ひんやりとした空気でしたが快晴。成城学園前駅から徒歩5分ほどの会場「成城ホール」でそれは開催されました。
狂言と南京たますだれ、お茶席にホップアップカード、そしてお正月遊びで賑わいました。お呼びいただいたのは今回で2回目。前回同様たくさんの子ども達が集まってくれました。
南京たますだれの「うめちゃん」の司会によりオープニングが始まり、その後各ジャンルに分かれ、個室でワークショップが行われました。私たち狂言は『盆山』を中心に紙芝居、狂言の上演、そして体験。45分と言う短い時間でしたが30名ほどの子供たちに声を出してもらい、体を動かしてもらい、賑わいました。特に『盆山』での鯛のジャンプでは、写真の如く活きの良い鯛がピチピチと(笑)
午前午後と楽しく過ごしました。
今回は「伝統芸能」「伝統文化」というくくりで集まったジャンルなので、積極的に参加してくれましたし、子供達も全ジャンルを楽しむことができたようです。
もっともっと子供達に「和」が広がればいいなー。と感じる毎日です。
ご参加くださった皆様、お世話になりましたスタッフの皆様、ありがとうございました⭐︎
また会いましょう~♪

◎  いつかの『巴』 


先日、国立能楽堂主催の「若手能」で能『巴』にアイ狂言として出演しました。
シテは、いつも仲良くさせていただいている観世流の佐久間二郎師。フェイスブックを拝見すると、18年前に初めてシテをされた思い出深い演目だそうです。
実は僕もこの『巴』には思い出があり、初めてアイ狂言の居語りをさせてもらった演目です。2000年の金春流「円満井会」の事でした。18歳。そう。会は違えど同じ18年前に同じ演目で初役だったんだなーと、しみじみしちゃいます。
それ以前に、アイ狂言は立喋り(と言っても鶴亀くらい)や『鞍馬天狗』の下っ端の天狗役くらいでしたが、居語りともなると格も上がり、緊張感というよりも圧倒的孤独感に潰されそうだったのを記憶しています。
稽古では、とにかく何が起きても間違えないように、セリフをテレビを見ながら言ってみたり、布団を被って枕に口を当てて大声で言ってみたり、早口で言ってみたり、遅口で言ってみたり、ありとあらゆる状況で稽古していました。
あれから、何度も機会を頂いて演じている『巴』のアイ狂言ですが、思い入れがあるとともに、語りの構成も実に喋りやすく、好きな演目のひとつです。
アイ狂言の役目は色々ありますが、個人的には無くてはならない存在だと思います。シテは異世界の人。アイ狂言は現実の人。お客さんを幽玄の世界から現実の世界に戻す役割でもあります。また後半へ曲調を繋げる役だったり。
何よりも物語の立ち位置としては、「地元の人」が語り部的存在として登場し物語を語るわけですから、それは脇方演ずる旅僧も納得しますね。実際、日本各地の伝説で、地元の人が詳しく語ってくれると信憑性が増しますもんね。
そんな立ち位置でアイ狂言は存在するのだと思います。
勇ましく闘う巴御前と、最愛の夫である義仲に別れを告げる哀しい姿の巴御前。両方を描くことができたら上出来ですね♪
久しぶりに演じると、慣れたもんだから口が早くなって息継ぎが出来ない時があって、そういう時は地上にもかかわらず、溺れてしまいます。今回はペースを守りながら強弱つけられた納得のいく語りだったと思います。
アイ語り楽しいです😁

◎  『鍋八撥』ふりかえり~その2~ 

今回の「国立狂言の会」は、初番が大藏家、次いで万作家、留めに茂山家。これはまさに立合いですね。年を重ねるたびに、こういった会にプレッシャーを感じます。良い刺激です。さらに、お客さんも違います。異流合同?でしたね(笑)いつもと違う雰囲気をひしひしと感じておりました。
『鍋八撥』を演じて感じたことをつらつらと書きます。
・役の対比
父演じる浅鍋売りと、僕が演じる鞨鼓売り。この対称がしっかりとしていないと見ていて面白くないと思っていました。年齢もありますので、こちらはキビキビハキハキと。父が柔らかく、僕は硬く。といった具合でしょうか。それは後々の「鞨鼓」の相打ちの場面に活きてくると思います。
・脇狂言の癖
この演目は脇狂言。脇狂言の特徴は構成が丁寧。同じセリフを何度も繰り返します。昔は良かったのかもしれませんが、現代では丁寧すぎるのでは?という疑問。聞いている方も「
」という声が聞こえてきそうでした。どうにかならないものかなーと。
・目代の役目
仲裁に入る目代。現代で言えば警察官。目代が仲裁に入るような似た演目はたくさんありますが、ここまで優柔不断な目代はこの曲くらいではないでしょうか?しかも最後は「鞨鼓を相打ちにしなさい」と言って、そのまま退場。釈然とはしませんが、これは本番中に舞台上で思ったのですが、この優柔不断さが面白い!忠一郎伯父ならではの味だったと思います。僕がイメージした目代とは違っていて、途中でその面白さに気付き、こちらも「イヤ申し」「問うてくだされい」「言うてくだされい」など、ちょっと強気というか嫌気というか(^_^;)そんな気持ちが湧いてきました。
・大藏家の特徴
色んな家が存在する狂言界ですが、大藏家の特徴はなんだ?と聞かれたら、数年前までは答えられずにいました。というか、あまり意識してなかったし、共演競演の機会も少なかったわけですから。5年ほど前から、両流各家が一同に会して催す「立合狂言」という会が始まり、そこで観て下さった方々にお話を聞くと、大藏家は「型がきれい」との事でした。客観的にみるときっとそうなんでしょうね。なので、「型」を綺麗に演じようと心掛けていました。棒を振る場面、鞨鼓を打つ場面。舞を舞う時の体の使い方に意識していました。また、個人的に大藏家は簡素で質素だとも思います。派手な動きはないけれど、削ぎ落とされた少しの動きの中に、ゆとりを感じてもらえるのではないでしょうか。言うなれば「奈良」です。豪華絢爛ではないけれど、天平時代の都であった優美平明な素の美しさではないかと思います。そんな事を意識して。
・飛ぶ、回る
これは前回の記事にも書きましたが、側転は「攻め」ていきました(笑)また、鞨鼓を打つ場面では両足飛びする型があります。これは狂言では一般的な飛び方ですが、幼少期にいつも祖父や伯父や父に「高く飛べ」と言われてきました。飛んだら足を引きつけることが肝要です。飛ぶのは僕の得物です!これは誰にも負けません!!負けたくない!!!!高く軽く鮮やかに!!
・演目の解釈
どんな話?何を伝えたい?というのを、最近考えるようにしています。この曲はいったい何を伝えたかったのでしょうか?これは僕の勝手な解釈なのですが、もしかしたら差別がテーマだったのではと思います。
セリフにもあるように、「鞨鼓は子供から大人、貴族までが楽しむ事のできる遊び道具」であり、一方で「浅鍋は庶民的」なもの。鞨鼓売りは、「浅鍋などは市場の端っこで売れば良い」というような事を言います。商品を通してそれを扱う人への差別のように感じたのは僕だけではないと思います。本当は両方とも生活に必要であり、どちらも年齢性別身分問わずに親しまれていたものでしょう。例えば一流の…、例えば超有名な…、例えば誰もが羨むような…といった具合に、現代にも通じるものがあり、そんな境遇でも悩み試行錯誤し笑いながら生きる当時の人々の逞しさが描かれているのではないかと思います。(しかも目代も優柔不断(ToT))
基本的に、狂言に登場する人物の中で大事なのはアドだと思います。よくよく考えるとアドの方が問題を抱えていたり、意地悪な人だったり。シテの気持ちよりも、アドの立場になって考えた方が、色々見えてくる。僕はそんな風に考えています。
また機会を見つけて演じたいですね!
おわり


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